甥とパルテノン神殿とわたし

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 先日、お客様がお孫さんのお話しをされていた。
 お孫さんの鼻をティッシュで拭いたときに、「痛くないか?」と聞いたら、「痛ない」と言ったそうだ。「否定をするのに”ない”を付けたらいいんだってわかってるんだ!と思って、感動した」と仰っていた。「痛ない」への変換はまだできないけれど、どうしたら否定できるか?については理解しているらしい。


 子どもの言語習得は興味深い。わたしは言語学者でもないし詳しいことはわからないけれど、子どもと話していて驚かされた経験はいくらかある。


 初めてできた甥が2、3歳の頃のこと。
 わたしは休日を実家で過ごし、甥の面倒を見ていた。やんちゃな甥の体力を消耗せんと遊びに遊んだが不覚にも自らの体力を先に消耗させてしまい、母が帰宅してそちらに甥の氣が向いたのと同時にリビングから和室へと移動(≒避難)し、ぼんやりとテレビを観ていた。
 割とすぐに「ねーね(わたし)がいない!」ことに氣づかれて和室に移動してきた甥は、ドスンと音を立てんばかりにわたしの膝に座り、一緒にテレビを観始めた。


 詳細な内容は忘れたが、眺めていたのはパルテノン神殿を題材にしたドキュメンタリー番組だった。「最新の研究で、パルテノン神殿は白くなかった可能性がある」といったもので、かなりカラフルなイメージ映像もあってわたしは驚いた。「へー白くなかったんだー」とか、そんなことを口走ったような氣がするが、それを聞いたからなのか、膝に座った甥がわたしを振り返ってこう言った。


 「このおうち、こわれてるね」


 「そうだねぇ壊れてるねぇ」と言いながらもわたしは心の中で叫んでいた。


 ぬお!?え、今なんつった!?
 「おうちがこわれてる・・・・・・・・・」だって!?


 パルテノン神殿を見て「これは建物だ」と甥は認識していた。建物を表す言葉が甥の中では「おうち」であり、次いで荒廃した様子を彼は「こわれてる」と表現したのである。驚くなかれ、まず甥はギリシャ生まれではない。よってパルテノン神殿を見たのはこれがおそらく初めてだったであろう。生粋の日本生まれ日本育ち。ギリシャの世界遺産であるパルテノン神殿を見て、建物であると理解したことにわたしは感動した。だって、そもそも似た建物を見たことがあったか?可能性は低いと思った。見たことがあったとて、彼が生活の中で目にする建物のそれと異なる様相をしているパルテノン神殿を、「建物」と認識できるだけの知見が、一体その小さな体のどこにあったのだろう。
 そして個人的には「こわれてる」という表現の方に、殊更に興味が湧いた。壊れているという状態は、「元の状態から、何らかの理由で原形を留めていない」ことを示唆する表現である。「こわれてる」と言ったということは、「過去に別の状態だった。それが何らかの理由で維持されていない」と彼の中で結論づいたのだと推測される。


 どうやって、何を見て、何を聞いたら、パルテノン神殿を見て「おうち、こわれてる」と表現できるようになるのだろう。何を言っているのか、どうしたいのか、何に泣いているのか、何に怒っているのか、大人であるわたしたちも理解できないことが多い彼の思考、行動、言動が、何をどうやったらパルテノン神殿を「おうち、こわれてる」と表現するに至らせたのだろう、と、取り留めもないことを静かに興奮しながら考えたものだ。おかげさまで番組の内容はこれっぽちも覚えていない。


 自分も、誰かも、こうやって氣づかないうちに、たくさんのものを吸収して成長したのだと思う。その成長の度合いもスピードも人それぞれだけれど、間違いなく少しずつでも、取り巻く世界を理解してきたのだと思う。愛しい日々である。氣づかにここに来てしまったことに、少々切なくなる。
 この甥とのやりとりはもう10年以上前の話だが、今も鮮明にわたしの記憶に残っている。声変わり前のあどけない甥の声を聞くわたしの耳が、小さな頭を覆うサラサラの髪を撫でたわたしの手が、この何氣ない日常を憶えている。パルテノン神殿のように真っ白にはならずとも、少し色褪せてセピアになった想い出。人の記憶に色があるならば、時間の経過とともに真っ白に向かっていくのかもしれない。真っ白にならないでほしい想い出も、真っ白にしてしまいたい出来事も、きっと人間にはいくらでもある。でも、彩られたあの瞬間に感じたことを、いつまでも愛おしく感じていられる自分でいたいと思う。懐かしさや過去に囚われるのではなく、「あんなに幸せな瞬間をくれてありがとう」と、思い出した時に思える自分でいたい。


 甥は中学生になり、あまり話してくれなくなったし、あんなに一緒に写真を撮ったのに、最近では写りたがらない難しいお年頃になってきた。それでも可愛い甥っ子に変わりはないのだけれど、あの頃、彼との交流の中でわたしがさまざまに考えさせられたことを、もう少し大きくなったら、いつか教えてあげたいと思う。


 


 
 
 

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