静謐に、淡々と、声を上げろ


 今朝、唐突に湧き上がった言葉。


 静謐に、淡々と、声を上げろ。


 何のことだろうと思いつつ、とりあえずキーボードを叩きながら内省していこうということで、あまり考えずにこれを書いている。まとまるか?やってみよう。


 中小企業経営者、個人事業主の方々の「言語化」をさせていただくようになって7年目になる。
 経営コンサルタント、ITコンサルタント、講師業、建設業、運送業、地域コーディネーター、カウンセラー、セラピスト、などなど……
 さまざまな業界、業種の方々の想いを聴き、言語化する中で、本当にいろいろなことを学ばせていただいた。自ら経営をされる方はそれぞれに個性があり強い信念がある。手に届く範囲の方の幸せから地球規模の豊かさのことまで、それぞれのフィールドでご自身の想いや夢を表現されている。


 わたしが大切にしてきたことは、クライアントさんの先にいるお客様や、未来も含めお仲間の方々に、クライアントさんの「核」になっている想いをお伝えすること。ご本人が言葉にしてもなかなか伝わらないこと───それは、往々にして抽象的な概念だったりするので、言語化しづらいもの───を、言葉を尽くしてイメージさせる。そうして、「嗚呼、この人ステキだな」「会ってみたいな」「一緒に仕事してみたいな」と思っていただくこと。
 相手がどれだけ近しい相手であっても、どんなに言葉を尽くしても、伝わらないものは伝わらない。それは言葉足らずが原因であることもあるし、相手に理解できる言葉を選んでいないこともある。
 「伝える」って言葉で書くと簡単だけれど、伝えたい相手の人柄や性格、日頃どんな言葉を使っているかや、相手のその時の状態や状況、伝えるときの環境(場)なんかも影響するし、相手だけではなく自分のコンディションも考慮すると、「伝える」という行動一つが扱う情報は多く、決して簡単なことではない。こう考えると「伝える」って、超絶ハイスペックアクション。


 それでも、声を上げなければならない。
 特に、この混迷の時代に、中小企業が支えてきた、いや今も支え続けている日本という国では、中小企業経営者(個人事業主も含め)の声こそ、届けてもらわねばとわたしは思う。


 コスパだのタイパだのという言葉が常用されるようになって久しい。それが悪いことだとは思わない。人間が作業するよりも正確に、しかも速く達成されるタスクならば機械に任せたほうがいい。だけれど、どんなに時代の流れが目まぐるしく巡ろうとも、削ってはいけないコストは存在する。


 「丁寧に伝える」ことは、その典型例だ。


 AIが普及すればするほど、文章の作成も画像の作成も…何もかもAIに頼るようになってきた。ライターのわたしでさえ、公的な文書の雛型などを作成してもらうと、そのクオリティに唸ってしまうほどだ(もちろんそのままは使えないし使わないけれど)。
 言語化しづらい想いをふわっと書いて「良い感じに仕上げてほしい」とでもAIに投げかければ、”整った” 文章がものの数秒で出来上がる。確かにスゲェ。便利。速い。楽勝じゃん、と最初は思う。


 だけど、翌日に読み返すと、なんだかキモチワルイ。違和感がある。こんなことが言いたかったんだっけ?と思うこともある。
 この違和感の正体は、AIに提案された文章は「それっぽく」言語化されているだけで、「核心」を突くものではないからだ、とわたしは考えている。別に、AIは指示されたとおりに、学習の範囲内で仕事をしているだけなのだが、やはり人間という複雑極まりない生き物たちの生態を ”真似” たところで、千差万別の人間の想いを情緒豊かに伝える文章を作ることは、(少なくとも現時点では)できないのではないかとわたしは思っている。


 たどたどしい文章や、決して読みやすくない下手な文章でも、その人の持つ熱意や想いが伝わることは往々にしてある。
 たとえば贈り物をくださった相手にお礼を述べるときに、「嬉しかったです」でもいいけれど、砕けた表現を使っても良い間柄ならば、「超!超!超!超!ハッピーでした!!!」と書いたほうが伝わる場合だってある。もちろん、AIにこのような差を学習させれば簡単にできるようになるのだろう。実際、AIの会話や作成する文章はどんどん自然になっている。だけれど、自分の「核」になる想いを、AIに任せるのは違うと思う。


 自分の内側で小さくても燃え続ける想いを、灯し続けた希望を、湧き上がる夢を、あなたの言葉であなたが語らないでどうする。AIに語らせるなんて怠慢だ。三ツ星ホテルのシェフがいるレストランでインスタント食品を温めて出すようなものである。食べたいか?わたしは食べたくない。
 いくら美味しそうであったとしても、インスタントをシェフの料理だとは思えないのと同じで、AIで書かれた文章をあなたの想い・・・・・・として受け取ることは、わたしにはできない。
 たとえ三次元世界でまだ形になっていなくても、想いや希望や夢は、人間にしか描けない一つの創造だ。その領域をAIに任せてはいけない。コスパやタイパを理由に、そこにAIを導入しないでくれよと、わたしは声を上げたい。


 日本の経済を支え、つくってきた中小企業経営者の皆さん。
 どうか、声を上げてください。
 ここでいう「声を上げる」とは、自分の正義を語り、異なる意見の者たちとぶつかり合うことではありません。
 静謐に、淡々と、魂から湧き上がる想いを、ご自身の言葉で伝えるだけでいいのです。
 それが人々のために、社会のために、日本のためになることならば、その言葉は必要な人に届くでしょう。良い影響を与えるでしょう。その想いを、夢を、実現するために現実は動いていくのです。


 日本がこれ以上おかしな方向にいかないように。日本という国の素晴らしさを、日本人の素晴らしさを、経営を通して体現してください。
 

 混迷の時代を楽しみながら、共に生きましょう。


 

コメント

タイトルとURLをコピーしました